牧師の日記と教会情報


by fukuinkyokai

カテゴリ:牧師から( 16 )

「2010年」というファイルタッグが付けられる年が始まります。
(7時間ほどです)

人生、一度。
人生は、一年を平均80回重ねる時の重なりではなく、一回の時の流れ。

人生を楽しめる工夫をしましょう。

何をするかより、どのような心持ちでなにをするか?
そして、自分にできることは何かを考えたい。

賞賛より納得を!!

時折、ふっと立ち止まって、
何を成し得たかかより、
自分の真の心で(自分を込めた)(真心で)それを行ったかに心を向けたい。

素敵な、人に、時に、出会うことを「たのしみにして」前向きに歩きましょう。

私のiPhoneの起動画面です。浮かぶ地球、いいですね。
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この青い惑星に海岸線が見えるが、国境は見えません。

私たちは価値ある一人一人。
私たちは、世界観や人生観や宗教観や社会的地位の相違を越えて、人間としての出会いを喜びたい。

この地球上で・・・
真心で生き、
いい出会いをしましょう。
いい笑いをしましょう。
いい涙を流そう。
いいご飯を食べましょう。

この世界で・・・
真心の人達の一員になりましょう。

いい年にしましょう。

「2010年」というファイルタッグが付けられる年が始まります。
皆様にとって、素敵な年となりますようお祈りします。
by fukuinkyokai | 2009-12-31 17:01 | 牧師から

焼き団子

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これが、
名物、、、
美味しい、、、
焼き団子です。
by fukuinkyokai | 2009-09-18 14:25 | 牧師から

ありのままで

教会へ来られる方へ、、、
ありのままで来て下さい。
わたしも、ありのままに、お迎えさせていただきますので。

おもてなしは、原則、教会にあるものでさせていただきます。

(すぐ近くの、和菓子屋さんの焼き団子が添えられる確率は高いです)

教会へ来られる方は、どうぞ、お気軽に。
by fukuinkyokai | 2009-09-17 13:13 | 牧師から

夏期休暇到来

一日でも、一週間でも、長さでなく、本当の休暇にしちゃいましょうか。
一日の休暇でも良いので、本当の休暇にするために・・・

提案 1
◎ 携帯電話を完全にOFFにし、携帯を身につけないで休暇の一日を過ごしてみませんか。

意味は分かるが、実行には不安。
(私も同じです、だから、休暇が必要な時期にいる証拠かもしれませんね。)

その不安対策の一つ
(迷惑をかける可能性がある場合、留守電とメールの確認を その日の20時45分にする。この時間に意味アリ)

提案 2
◎ テレビを完全にOFFにして、「外を見ず、内を楽しむ」 にしてみませんか。

テレビから完全に離れ、映画(映画館)やDVD(自宅)を じっくり、ゆっくり 観る、感じる、目頭を熱くする、笑う一日。
スナックと飲み物を片手に。DVD(自宅)の場合は、部屋の照明を落とし、途中で飲み物とスナックのリフィルをしなくとも良いように、十分に用意。
(映画館の場合は、映画の後も楽しみに・・・、東口で特大のフルーツパフェ?西口の巨大どら焼きのところで抹茶?でしょうかね)

提案 3
◎ 片付け休暇
それでも休暇の半分は、(全てから解放される)休みに工夫。
片付けは、休暇の半分以下の時間のみとする。とにかく日常性からの脱出(解放ではなく)。
片付けは、整理整頓ではなく、「処分」というアクションの片付けに徹する。
縛られている自分、とらわれる自分の再発見。(嫌悪より笑い)
出来るだけ
「身を軽く、心を軽く・・・。さきがあるから、先があるから・・・。」
「持たない、置かない、とらわれない。その次に向かうから・・・。」
・・・的自由人。

提案 4
◎外に出る。
空を見る、海を見る、山を見る。
そこへ行く。
空に包まれるところへ。
海を目前にするところへ。
山に抱かれるところへ。
by fukuinkyokai | 2009-08-07 13:13 | 牧師から
ゆっくりになってもいいので、「丁寧に」、時間のかたまりと向かい合う自分だと良いなと思えるのです。

      ゆっくり、ていねいに向き合ってみると
            些細なことの中にも・・・
            昨日も今日も明日も、同じでいてくれるもの中にも・・・

「今日という日が一生だとしたら、このために、自分の今日があったのかも・・・」という発見があるときがあるような気がします。

「些細な」発見の中にみれる価値。
そんな自分こそ、自分。

一杯のコーヒーを、誰にも気兼ねしないで、ゆっくりと ”すすり”、大きく息を吸い込んでみると・・・
自分を取り囲んでくれている空気が美味しいんです。

気持ちは清々しく、誰にも気づかれない幸せ感。

そんなとき、一瞬思ってもいいのかもと思います・・・・
「些細なことだけど、この美味しい気持ちは、今日の私のもの・・・」と。

「今日」という、自分の持っている「時間のかたまり」の中で、
出会うことは、唯一無二。
出会えるものは、自分そのもの。
そして、一期一会。

ちいさきことに「心を注ぐ」高尚さは持ち合わせなくとも、
些細なことに感激を覚える「自分のすがた=秘密」を誇れる生き方をしていきたい。
by fukuinkyokai | 2009-08-06 11:26 | 牧師から
2008年12月21日から準備をしていました新しい教会堂。
最初の礼拝は2009年1月11日となりました。

(雑念、雑事から離れられるためにも)居心地の良い場所
(心の中で静かに神に心の願いを向けるにふさわしい場所として)一人でいて落ち着ける場所
(他を意識せずに)自分自信になれるところ場所
(静かに)祈れる場所

安らぎ、精神のくつろぎ、自分との対話、神との対峙が可能な場所つくり

同時に、

学びの場として
交わりの場所として
対話、会話が楽しい場所として
出会いが生まれる場所として

このたびを、次なる成長と発展が生まれるようにその場所=教会を用いることを祈念します。

澤畑 明豪
by fukuinkyokai | 2009-01-28 14:37 | 牧師から
ご自身の専門職の傍ら、財団法人の責任を持ち、老人福祉に心を注いでいる方とご一緒しました。 「どうも言葉をこねまわして、思いやりのある行動が出てこないところに教会の問題がある様な気がします」と仰っていました。

言葉に重きを置く大切さを突き抜けたところで生まれる、
借り物でない、
自分自身のアクションを、
1つか2つ持ちたいですね。澤畑明豪
by fukuinkyokai | 2008-10-02 15:25 | 牧師から

心得 その1

夢を実践、祈りを実行。静かに、そして、共に・・・。
by fukuinkyokai | 2008-09-26 16:18 | 牧師から

清々しく動き回ろう!

感じたことに忠実に!・・・踏み出す。

思うことを、実行する!・・・なにかが始まる。
  考えることを、実践する!・・・なにかが変わる。
     心の願いを実行する=祈りを実践する!・・・清々しく風立ちぬ。

「清々しく実践」を今日のテーマとしませんか?
・・・みんなで、いっしょに・・・ 

                                さわはた
by fukuinkyokai | 2008-05-20 12:35 | 牧師から

自分の「素」

人生という日々の重なりを意味深いものにするために、

一、遠くの、遠くの、遠~くに視線を向けようよ。 
  
つぎに、今見えている、遠いその地平線の、もっと彼方を、見つめてみよう。
    そして、その先にある空に向かって眼を上げてみよう・・・。

二、そして、今度は、ゆっくりと、ゆっくりと、自分の足元に目を移そう。

    そのまま、じっと自分の足元を見つめていよう。
    すると、かならず、湧き上って来ているものがあるはず。

    それまでの自分なら、見過ごしてしまったかも知れない
    「自分の中に湧き上がる、素の自分の思い」
    出会おう、気づこう、「自分」に。

    苦しくなるほどの純粋な姿勢と、清らかさで、
    見つめよう「愛おしい自分という人生」を。
    小さくて、小さくて、でも、とっても大事にしたいもの。
    自分という「素」の「思い」が、そこに存在する。
    
    気づくはず。

          そしたら、そしたら、しめたもの・・・

三、そのときです、・・・
  そのときに・・・心に浮かんだ、自分の素の”自分の言葉”を、差し出そう。愛する人に。
     ・・・捧げよう。大切な方へ。 恋人?へ、親友?へ、キリスト?へ。


AA、人は、自分の人生を、自分の足で、運んでいる。
   しかも、一人で。
   いつも、いつも、一人で・・・どんなときも一人で・・・。
   そして、それは終わりまで続くもの。
   
   見つめた空が、清々しさを分けてくれ、凛とした思いにしてくれる。
   その思いが、自分の背筋を伸ばしてくれる。美しい孤独を従えて。

BB、静かな、静かな想いの中で見つめてみよう自分の足元を。
   そして、感じてみよう、自分の足元が知らせてくれるものを。
   
   人は、独りでは生きず、生かされて生きている。
   
   ”自分の足元”に知らせてもらったほうがいい。
   自分への確かな知らせとして。


   正直に自分が愛おしくなってみるといいとおもいます。
   強烈に、愛おしい人を愛おしくなって、そのときの自分に
   正直になって、正直に対峙するといいのかと思います。

   人生が自分に呼び込んでくれている、「愛おしいもの」、「愛おしい人」を、
   胸の奥で、本当に知れる幸いを自分のものにしては如何でしょう。

   やさしさの中で湧き上がり、生まれた、自分の中の”自分だけ
   のやさしい言葉”に出会ってみよう。

CC、そして、丁寧に、正直に、差し出そう、”その自分だけのやさしい言葉”を。
             自分の愛する人に。

   そこで、静かに、祈る「神よ・・・」と。
by fukuinkyokai | 2006-10-03 18:59 | 牧師から